小さな旅、美しい風景、写真 そして温泉と銭湯

"Japan, short trips and landscapes" "Japon,

初めてのポートレート撮影《#2》 ― Please open your eyes ―

f:id:martintan:20200519210503j:plain

 

 

(注)掲載写真の本ブログへの掲載については、

    名古屋カメラ専門学院およびモデルさんの許可を得ています。

   また、コピーおよび無断転載は固くお断りいたします。

 

 

初めてのポートレート撮影 《#1》

f:id:martintan:20200517232516j:plain

f:id:martintan:20200517232541j:plain

f:id:martintan:20200517232650j:plain

 

 

f:id:martintan:20200517232743j:plain

f:id:martintan:20200517232835j:plain

f:id:martintan:20200517233118j:plain

 

 

以前、カメラ教室の初心者講座を4回にわたり受講したことがある。

 

その時の講師から

「2月にポートレート撮影の特別教室を開くので参加しませんか?」とのお誘いを受け

ポートレート撮影についての知識も経験も無いまま参加することにした。

 

他の生徒さん達は中級から上級の講座を修了しているようで

小道具を使って幻想的な画像に仕上げたり、

モデルさんに的確な指示を出したりして

見せてもらった撮影画像と自分の画像との撮影レベルの違いに愕然とした。

 

愕然としながら掲載してしまうのだから

「いい度胸してるよ」 と言われそうだ。。。。

 

 

 

お誘いを受けたカメラ教室はこちら

www.jotatu.jp

 

(注)なお、掲載写真の本ブログへの掲載については、

    名古屋カメラ専門学院およびモデルさんの許可を得ています。

   また、コピーおよび無断転載は固くお断りいたします。

 

f:id:martintan:20200517234638j:plain

 

f:id:martintan:20200519210252j:plain

 

まったり山散歩≪#5-3≫  曽良山の麓を通る「中馬街道」

曽良山を登り鶴岡山を下山し

目についたのが「中馬街道」という案内板。

 

街道と言えば、

東海道、中仙道などの五街道

名古屋では佐屋街道、津島街道、飯田街道などの街道名は耳にするが

「中馬街道」は初耳。

 

鶴岡山登山口(今回の下山場所)から日帰り温泉バーデンパークまで

中馬街道を通って戻れるようだ。

 

 

「中馬」と「伝馬」

 

「伝馬」は東京の小伝馬町、大伝馬町などで聞きなれた言葉だったが、それが何なのかは理解していなかった。

「中馬」に至っては初耳だった。

調べてみると、なかなか奥が深い。 

 

どれが中馬街道なのかについては諸説あるようだ。

伊那街道(飯田街道)が中馬街道という説もある。

   (本稿の最後の注を参照ください)

 

 

「伝馬」は、遥か律令時代から続く有力な陸上輸送システムで 

江戸時代になると、

定められた宿場町は徳川幕府の命令により

伝馬と呼ばれる馬を常備する義務を持たされ、

その替わりに税を免除されるという権利義務関係(システム)である。

 

ある宿場Aから次の宿場まではAの馬で運び、

次の宿場Bで荷物をBの馬に積替え、Aの馬は宿場Aに返される。

目的地までこの積替えを繰り返して運んでいた。

 

それに対し

伝馬は、宿場を通過して

同じ馬で目的地まで荷を運んでしまう。

数多くの馬を持つ信州だから可能なやり方である。

 

積替えが不要なので、

おそらく中馬の方が「速い、安い、荷が傷みにくい」

 

中馬が盛んになると、

宿場は宿代や輸送コスト(保有している馬の使用料収入が減り伝馬の継続が難しくなってくる。

宿場や伝馬の関係者は中馬を忌み嫌うようになり

宿場町から「中馬を規制してくれ」との訴えが増大する。 

 

それゆえ、

あまり整備されない仲間だけに伝わる隠された裏道が「中馬街道」として使われていたのではないかと想像する。

 

 

その風情がこちら。

f:id:martintan:20200315001956j:plain

f:id:martintan:20200315002121j:plain

 

途中、白鳥神社に寄る

f:id:martintan:20200315003015j:plain

f:id:martintan:20200315003040j:plain

f:id:martintan:20200315003239j:plain



f:id:martintan:20200315002828j:plain

 

いよいよ、「こんな道を重い荷を積んだ馬が通ったのか!」という「中馬街道」に入る

f:id:martintan:20200315003239j:plain

f:id:martintan:20200315003608j:plain

f:id:martintan:20200315003712j:plain

f:id:martintan:20200315003946j:plain

 

 

 

 

 

 前回の掲載から随分と時間が経ってしまったので

以下に、関連記事リストを掲載しておきます。

 

martintan.hatenablog.com

 

 

martintan.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 (注)

  風景街道中部地方協議会 事務局
  (国土交通省 中部地方整備局 道路部計画調整課)

  が窓口となっている以下のサイトに、中馬街道が取り上げられている。

 それによれば、飯田街道(伊那街道)、現在の国道153号線豊田市足助から飯田方面への道を「中馬街道」となっている。

 

しかし、管理人的には

この記事で取り上げたいかにも裏道らしい土岐市を通る道が「中馬街道」と考えた方がいかにもそれらしく感じる。

サイトのアドレスは以下 ↓  の通り

https://www.cbr.mlit.go.jp/road/chubu-fukei/route/pdf/hukeikaido_chuubu.pdf

 

桜《#4》 名古屋 ー 朝日を浴びる桜 ー

夜明けの朝日を浴びる小さな公園の桜

満開から散り始めの頃

 

すれ違うは

時折、速足で散歩する人やジョギングを楽しむ人のみ

 

f:id:martintan:20200515103441j:plain

 

f:id:martintan:20200515103530j:plain

 

水仙と桜のコラボ】

f:id:martintan:20200515103601j:plain

f:id:martintan:20200515103624j:plain




 

 

桜 《#3》名古屋  ― 葉桜になり始め 小さな神社にて―

昼休みに

訪れた

暖かな春の日差しに包まれた近くの神社

 

ひと気が無い神社の境内で

満開の桜を独り占め

一部に葉の緑が混じり始めている


f:id:martintan:20200404061155j:image

 

気が付けば

神社横の道路では

停まっている車の運転席で

お弁当を食べている人がいた。

 

ご苦労様。

桜 ≪#2-2≫名古屋 ―「荒子川公園」の桜と諸々 ―

引き続き平日夕方

荒子川公園にて

 

例年なら、この時間でも多くの人で賑わっているのだろうが。。。

 

 

f:id:martintan:20200508135437j:plain

 ↑ 菜の花と桜とアーチ橋

 

 

f:id:martintan:20200508135604j:plain

 ↑ 満開の桜に隠れる鳥

桜 ≪#2-1≫名古屋 ―「荒子川公園」の桜と「あおなみ線」 ―

「証文の出し遅れ」

「六日の菖蒲、十日の菊」

「争い果てての棒千切り」

 

いずれも「今頃、何だよ!」「もう遅いよ」という意味らしい。

2番目と3番目は知らなかった。

 

さて、

今頃になって桜を持ち出しても

「今頃、何だよ!」となるのは目に見えているのだが

仕事帰りに撮ってそのまま残していたので

公開します。

 

f:id:martintan:20200508134348j:plain

 

5月10日に、アクセス数が24千を越えました。

毎度のことですが、

本ブログを訪問してくださる方々に

厚く御礼申し上げます。

 

レールの行き先は? ≪#39 ≫ ― 古の歴史の中のレール ―

f:id:martintan:20200405083308j:plain

  ↑ 橿原神宮前駅ホームから「大和八木」「奈良」方面を撮影

 

日本固有の文字と言えば「平仮名」

その平仮名の原型となったのが「万葉仮名」

 

中国から伝わった「漢字」が字そのものに意味を有するのに対し

「万葉仮名」は漢字の表音のみを使ったものとなるのだそうだ。

「山」が「也麻」といったように。

 

それが時間を経て、文字が崩され「平仮名」となっていく。

 

橿原市は、

万葉集で頻出する大和三山

「香久山(かぐやま)」「畝傍山(うねびやま)」「耳成山(みみなしやま)」

に囲まれた古の歴史を持つ地域である。