MIZKAN MUSEUM 《半田の街並 #3》

 ☟ 外観

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 レトロな郵便ポストが立っている。 

 

 ☟ 敷地の中に入ると、左手にお宮が祀ってある

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  ☟ 「大地の蔵」では、酢の製造過程を模型を使って説明している

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  ☟ 当時の酢造り職人の階層図

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  このブログの画像達は、まだまだ「ホチ」レベル。

  「人足回し」レベルになるにはまだ何年かかることやら・・・

 

 

 

 ☟ 各種の酢の香りを嗅ぐことが出来る

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 ☟ 酒粕酢が江戸前寿司をつくった

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 (江戸前寿司を支え、江戸前寿司によって一気に財を成した中埜商店)

 

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寿司の歴史を紐解いてみると・・・

 

今では寿司というと江戸前の握り寿司を思い浮かべるが、

元々の寿司は「なれずし」と呼ばれる魚を塩と米で乳酸発酵させたもの。

その代表が滋賀県の「鮒ずし」である。

 

江戸前の握り寿司の登場は独創的というか少々インチキ臭いところがあるようだ。

江戸前握りずし、別名「はや寿司」は、

それまでの「なれずし」の発酵という過程を経ていない。

「そんなん『すし』とは言えないだろう」という声が聞こえてきそうだ。

 

しかし、

ナマモノと米を食酢でしめ、

ワサビで殺菌し、

ガリ(ショウガの酢漬け)で寄生虫を殺すという知恵を使い、

発酵の部分は野田の醤油に委ねるというスタイルを確立した江戸前寿司

気が短い江戸っ子の人気を博したらしい。

 

一方、

日本の酢は、米酢と粕酢の2種類からなる。

米酢の歴史は古く、作った酒に酢酸菌を加えて発酵させ作られた食酢で

5世紀頃に中国から伝わったそうだ。

粕酢は酒粕から造る酢で、その歴史は新しく

酢酸菌を使うだけに酒造家は避ける。

 

1804年に分家独立した初代中野又左衛門は粕酢造りにチャレンジする。

或いは、本家との関係で酒造りが出来なかったのかもしれない。

 

当時の江戸で人気になり始めた「はや寿司」に使われる酢が

高価な米酢から、

安価で風味が寿司にあう粕酢に転換しつつあるチャンスを逃さず

中野又左衛門は、一気に生産量を増やし、

大量輸送手段である船を調達し、

江戸における「半田の粕酢」ブランドを確立した。

 

市場規模激変の見極め、人材・原料の調達力、資金調達力、

そしてその情報収集力、決断力および判断力は素晴らしいものがある。

 

 

 

なお、この辺りは、

以下のサイトを参考にした

www.mizkan.co.jp

 

shokubun.la.coocan.jp